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  • RYUZO NAKATA

RYUZO NAKATA HISTOIRE-8


ある日

自分で描いたデザイン画を 売ってみては?と 思いつく

どうせ行くなら 名だたるメゾンが立ち並ぶ

パリで一番 高級な ファッションアベニュー

AVENUE MONTAIGNEに

オ-トクチュールの 本社が 建ち並んでいる

シェレル・リッチ・ディオール・シャネル・バレンチノ・ウンガロ

今では もっと沢山ある 皆んな ここに お店を

ドルチェ・ビィトン・プラダ・フェンディ・アルマ-二・ロ-ロ・ジミ-・香水店・プラザホテル・etc

AV.MONTAIGNEの 端から 一軒一軒 門をたたき

メゾンのデザイナー本人に会いたい と

どこも 本人が居ない 来ていない

アポはあるか と 日本人の 若僧に

門を開くメゾンも無い

今の時代じゃ 直接 行くなんて ありえないね

まだ この時代 コンピュータや携帯時代ではなく

それでも 僕の様な奴 いなかったな

全く 相手にもされない中での 最後の一件

モンテ-ニュ道りの 一番端 2番地が

メゾン UNGAROだった

パリには 17世紀から 伝統的にメゾンの本部があるが

この頃から ハイファッションの地域は

この モンテ-ニュ通りであった

最後の 呼びベルを鳴らす

絢爛豪華なレセプション

美しい女性に UNGARO氏に 会いたいと伝える

ややして 一人の男性がやって来て

こちらへ と

そして 自分が描いた デザイン画を 手早く見る

"待ってて 下さい" と その場を離れ

数分後 私の兄の EMANUELが 会いたいと言ってる と

迷路のような鏡張りのロ-カを進み 別の階に

通された部屋は 真っ黒な壁と床

膨大な美術書が積まれた机に

UNGARO本人が こちらに 座りなさい と

それから 一枚一枚 デッサンを

UNGARO : 何故 君の絵は白と黒

RYUZO:カラ-ペンが 高いから

UNGARO :労働許可証は?

RYUZO :ありません

UNGARO :あなたは 何座?

RYUZO :魚座です

UNGARO :今 すぐに パスポートを 持って来なさい

RYUZO :はい

会話は そんなものだった

星座?を 聞かれるとは

最後の頼みで 飛び込みで 絵を売りに行ったのに

採用と言う 夢のような幸運

パスポートは、直ぐに UNGAROの弟に 渡しに行き

明日から と 言われた

その夜は 興奮して なかなか 寝られなかった

翌日

ここが あなたの部屋 と 広い部屋を与えられた

必要な物は 揃えて なんでも 買って良い と

早々に スイス人のテキスタイル担当の子が

文房具屋さんに 案内してくれた



テキスタイル担当の カトリ-ヌと

カラ-ペンを お店にある全て 買った

会社のコントで 買い放題

なんて 楽しいのか

今でも 忘れられないな あの 感動

オフィスに戻り

さて どうしょうかな

誰からも指示がないし

絵を見せて 雇われたんだから 絵を描くか

でも なんの?

とにかく 嬉しくて 描いていた

会計に呼ばれて 書類を渡され

オ-トクチュール担当で

まず 3ヶ月のお給料は いくら などを 知らされた

ビックリ ニコニコ

他の部署の人を 紹介されたり

回りの人達に 会社内の案内 いろんな事を 聞いた


メンズ担当の ピエトロ

朝→ランチ→時間で帰る

なんて 幸せな平和な毎日

そろそろ 1ヶ月が経つけど

UNGARO氏とも あれ以来 会っていないし

弟も 何も 言ってこない

なんだか 不安な日々が続く

そんな時 UNGARO氏に 呼ばれて

初めての スタジオに 入る

ガラス張りに フワフワカ-ペット

アベニューを 見渡せられ

クラッシック音楽が響いて なんだか 別世界

キョロキョロ 初めての空気だ


UNGARO氏のスタジオ

UNGARO :アロ- RYUZO?

RYUZO :パルドン?

UNGARO :ケスク ブザベ フェ?

部屋に戻り デザイン画を持って スタジオに

一ヶ月間 描いた デザイン画 700枚程を

ビューロ-に 置くと

UNGARO氏が 一枚一枚 見ていく

静かな目で

その中から 100枚程を 選んだ

それらを "RYUZO 床に 並べなさい" と

ロ-ブ系 (フル-) ジャケット系(タイユ-ル) と

分けて

そこに それぞれの アトリエのシェフが来て

UNGARO氏が "これが 次回のクチュール用だ" と

伝える

その後 ビューロ-で 簡単な指示を出し

デザイン画を 持って行かせた

何? 僕は ビックリ過ぎて 震えた

これが 1983年 春夏の オ-トクチュールに

採用された 瞬間だった

あまりにも 突然で 何が なんだか 全く解らない自分に

UNGARO氏が "幸せか?" と

本当に 嬉しかった

翌日から アトリエで 組まれたトワルが廊下に並ぶ

それを UNGARO氏が 専属のモデル達に着せ

仮縫いをする毎日が始まる

休憩

僕は UNGARO氏に ピンを渡す

デザイン画を 描き直す

テクニック上 絵と同じにならない物もある

絵は 始まりに過ぎない

モデル達と

同時に クチュール用特注の生地が届く

フランスやスイスのジャガード タフタ シルク カシミアイタリアからのプリントが どんどん届く

それらを モデルに当てて 組み合わせを作る


スタジオ


ROBESの 色決め


アクセサリー担当が 入る


ここから 色調整


いろんな事が 同時に進む

約 50日間 これが続く


ダウン

もう ビックリ しかない毎日だ

ショ-の 一週間前くらいから

モデルオ-ディション

3日前から フィッティング

最後の パッサ-ジュのフィッティング

前日の夜 フィナーレのマリエのフィッティング


アトリエの 縫い子さんたち 勢揃い

これが終わると ぐちゃぐちゃの 自分の部屋 机

スタジオの片付け


モデルさん達 ありがとう

その後 UNGARO氏本人と パッサ-ジュを

進行リストの様なものを 静けさの中 作成


全てが 片付けられる

この シ-ンとした 空気 空間が

凄い素敵に 感じる

最後の服達が アトリエから 上がって来るのを待ち

手伝いに行ったり 肩揉みしたり

みんな 肩が パンパン張ってる



パッサ-ジュにしたがって セッティング


ジュに したがって セッティング

ウ-スを かけて 終了

この 静けさ なんとも いい

その後 アトリエの皆んなと シャンパンを


アトリエ フル-の マダム達

白衣を脱ぐと カラフル

(ちなみに 白衣の下は 下着です)


スタッフやモデル達に お花やチョコレートなどが届く

クチュールのメゾンです

翌日 クチュールのショ-


デフィレ


終了

この後 皆んなで 食事に


翌朝 08時30には UNGARO氏に 呼ばれて

PRESSでは こう 書かれている 評価されている

満足か と

その後 UNGARO氏は アトリエに何番の

ジャケットを持って来なさい

襟と袖を 外せと

それを また 付け直す

終わりが 無いのだ

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