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RYUZO NAKATA HISTOIRE-6

ある日 バイト先のレストランに

Claude montana氏が来た

彼の食事が終わる頃 無礼と思いながら

つかさず 彼に デザイン画を 見せた

すると本人が "明日 アトリエに来なさい" と

これだけで 夢のようだ

1982年 モンタナと言えば スタ-だ

肩の大きい バル-ンシルエットで一世を風靡していた

憧れの存在だった

翌日行くと その日から スタジェ(見習い)に

CLAUDE MONTANA

その夜 レストランの仕事後 オーナーに

"親父 今日でバイト 辞めるから" と

この日を 待っていた

親父も喜んでくれた

遂に ファッションデザイナーへの道が

開けたと思った瞬間だった !

アントニオにも知らせた

翌日 夢の会社に

ここは、昔のバナナ倉庫 天窓から、光が

仕事は 雑用

夕方 モンタナが来ると アトリエ内が緊張

打ち合わせ その他

20時00ぐらいになると 大きなテ-ブルに座り

アシスタントに囲まれる中 スタイル画を描き始める

なんだか 皆んなの空気が変わる

コレクションの ワンパッサ-ジュごと

7・8枚 描く それらがアトリエのテ-ブルに置かれ

(こうゆう晩が 20回ぐらいあるのだ)

翌日 デザイン画から、シ-チング、仮縫い

この早さにビックリ

生地があてられ サンプルが順番に出来上がり

ラックに 並べられていく

それらに アクセサリザ-ションを

ゆったりな仕事だが 空気が 微妙に

気持ちが上がって来る

3ヶ月後 ショ-は 最高潮で終わった

が 労働許可証が無い為 雇われる事は なかった

また 一旦 アントニオのアトリエに戻る事に

こんな時に フリーぺ-パ-で

仔猫を 可愛がってくれる人、と アナウンスが

そうそうに 行ってみたが 4ヶ月の可愛いオスネコ

シャムネコのブルーポイント

飼い主の子どもが アレルギーらしく

沢山の 削り節が オヤツらしく 一緒に

MERCI



RON君 本当に 可愛い

これから18年 一緒に生活を

そろそろ パリに来て 1年半が 過ぎる

毎月 正しい給料が ある訳でもなく

残高が減ってくる

なんとか しないと

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