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RYUZO NAKATA HISTOIRE-5

VICHYから パリに戻り

別に 学校に 行く気無し

(まだ フランス語は 話せない)

でも 滞在許可証の為に

また アリアンセ フランセ-ズに申し込みに

たまたま 日本人の先生の初級クラス

たまに 来るけど寄しくと 頼んだ

数ヶ月後 在学証明を持ってprefectures(警察)に

rendez-vous(アポ)を取る為に行く

これを貰う為に 朝06時00から 並ぶのだ

開くのは09時00

(当時は 担当の人に チョコレートを持って行く)

書類を提出して やっと貰うが 2ヶ月後のアポだ

毎日 朝から アントニオとオリビエのアトリエに

変わらず 好きな MENS服を 創る毎日

週末は 蚤の市に行ったり

学校の友達達と ご飯&ワイン

そこでまた どこどこが 人を 探している とか

いろんな情報が

ある日 友達から 紹介された会社に

LECONT INTERNATIONAL と言う会社で

F1のドライバース-ツを 作っている会社だ

当時は ニキラウダなどのス-ツが

沢山 壁に 掛けられていた

で ス-ツのスポンサーのマルボロのピット用の

デザインを することに

マルボロのワッペンが欲しいと 言ったら

これは ・・・何十万フランだ と 言っていた

その他アクセサリー物もデザイン

たまに 社長のマダムからの注文が



ご要望で JERSEYに 白い衿

週に1度 2度 行けばいいので

アトリエも そのまま 続行

なんだか 少しずつ忙しく 楽しく なって来た

アントニオが、知り合いがやってる

バンド-ム広場近くの ルシアン・フォンセルに

行ってみたら と 進めてくれた

行ったけど また メンズだし 人も 探していないと

でも なんだか 素敵なイタリア紳士だった

ある日の ランチタイムに うろうろしていたら

レストランが 人を 求めている 張り紙

毎晩 アントニオ家の パスタ 美味しいけど

他のものも 食べたい そろそろ 夜は 別々に

和食屋で バイト するかな? と 軽い感じで

アトリエの後 寄ってみた

直ぐに OK

で、翌日から 夜の仕事が 始まった

二層の和食レストラン "伊勢"

仕事前に 食事 久々の和物 美味しい

19時00開店で 既に KENZOさんが

常連さんで 毎日らしい

その後 お客さんが どんどんと

終わったのが 01時00 三回転

やばい店で 働いてしまった 忙し過ぎ

こんな感じで 毎日が

常連さん達が 凄い

パロマ ピカソやロネ-監督 女優さん F1レ-サ-

デザイナー 役人さん 名だたる人が来る スノッブな場所

そんなパリ社交家達を 毎日見ながら

"いつか ここを 抜け出してやる" と

週末は お店が 終わると 大将(須藤さん)が

飲みに 連れて行ってくれる 楽しかったな

このレストランで

バイトに来た 河野透氏と知り合う

(その後 ラメ-ブランシュなど 有名店を回り

ロ-ザンヌ :ジラルデ→

パリ:ロブション→弟子として→

恵比寿シャトウ立ち上げのchef chef→

現在のMONNA LISA オ-ナ- chef)


だんだん 毎日が 忙しくなって

いろんな人とも 知り合いになり

楽しい毎日が

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